K-PROの代表である児島気奈さんの「笑って稼ぐ仕事術」を読んだ
お笑いライブの制作会社であるK-PROが、どのようにその地位を確立していったのか、またそこから学べるスキルについて記された本である
児島さんはお笑いライブを運営していく中で、芸人から色々な相談をされるとのこと
精神科医の視点から、「児島さんならではだなぁ」と思った精神療法が、本に記載されていたので、私の専門としている認知行動療法と絡めて考察していきたい
特に誰かから相談されることが多い人や、誰かを励ましてもあまり良い結果にならない、という人は
ぜひ最後まで読んでほしいと思う
お笑いコンビに解散を相談された時
お笑いライブの制作会社であるK-PROの代表である児島さんは
様々な芸人をみてきており、芸人からの信頼がとても厚い人物だ
その背景もあってか、コンビ芸人さんから解散を相談されることが多々あるのだそう
以下引用
’’解散は周りからしたら「なんで今なの?」「もったいないよ」と見えるコンビが多いです。考え抜いた上で本人たちが決めた事だと思うので、解散の話をされた時点で、まずは尊重したいなと思ってきいていますが、一度は止めるようにしています”
”私は「番組の結果を気にするのはよくない。自分で面白いと思っているかどうかが大事だよ。限界と言えるくらい本当にやってみた?もっと頑張ってる芸人が周りにいない?その人たちと同じくらいやってみてからじゃない?私は今やってるネタのかたちは面白いと思うよ」と言って止めました”
まず注目していただきたいのが、『解散の話をされた時点で、まずは尊重したい』という点である
頭ごなしにコンビの意見を否定するのではなく、まずは意見を受け入れたい
「あなたの考えを知りたい」という姿勢が重要だ
これは人の話を聞くうえで当たり前のことなのであるが、意外に話を聞くプロであるべきの精神科医でもできていない人が多い
ろくに話もきかず「あなたは、〇〇のような考え方だからそれを直した方がいい」
だのなんだの断言する精神科医も存在するのだ
次に注目してほしいのが、『私は面白いと思う』と伝えている点である
解散を考えている芸人は、自信をなくし、自分の価値が見出せていない状態だ
そんな中、たくさんのお笑い芸人をまじかで見てきた児島さんに
「あなた達は面白い」と言ってもらえる
それはそれは自信になるし、傷ついた芸人さんの心が癒されないはずかない
同じ言葉でも、言われる人によって、心に響く度合いが天と地ほど違った経験が、みんなあると思う
なにより重要なのは、大切な人からの「大丈夫」という言葉なのである
不特定多数からの「大丈夫」よりも、大切な1人からの「大丈夫」が必要なのである
励ますタイミングを見極める
一方でウエストランドの井口さんは「ファンの一言で解散を思い止まることもあるんだから」とよく言っており
児島さん曰く、褒めることで自信を取り戻して、ネタのカタチを変えて、現在ブレイクしている芸人を私は何組も見てきているのだそう
面白かった!また頑張って!!と声をかけるのは、基本的には芸人さんにとって嬉しい事ではあるが
その「頑張って!!」が暴力になってしまうケースも存在する
以下引用
賞レース(キングオブコントやM-1)の決勝に残れなかった芸人さんにとって「また来年頑張って!」「この調子なら来年はもっと上に行けるよ!」といった声は、励ましにはならなくて、むしろ「勝手なこと言わないで・・・」という気持ちになることの方が多いようです。芸人さんは精神を切り詰めて、生活を切り詰めてネタを作っています。そして「今年はこれで行く!」という、至極のネタを完成させて大会に挑むんです。(中略)芸人さんからすると「大丈夫!来年はいけるよ!」は「大丈夫、爆笑がとれて、審査員にハマる、今までにないシステムの新ネタを3、4本作れるよ」になるんです。言葉のプレッシャー、えぐいですよね”
これは精神科の診察室でも起こりうる事だ
よく「うつ病の人を励ましてはいけない」と言いますが、状況によってはその通りで
活動するエネルギーがない人に、いくら「頑張って!」と言っても頑張ることができないのです
そればかりか逆に励ましがプレッシャーになってしまい
「なんで私はこんな事もできないのだろう」
「周りの人にこんなに期待されてるのに、頑張れない自分には価値がない」
と思ってしまう人だっている
うつ病の人に限らず、健康な人であっても
頑張って頑張って、一定の期間ガス欠になることもある
ガソリンの入ってない車は、タイヤを新調しようが、ピカピカに磨こうが走ることはできないだ
励ましが時期尚早の場合もある
では頑張ってなんて口が裂けても言ってはいけないのか?
それは違う
その疑問についても、本書で児島さんは触れている
以下引用
”「じゃあ応援するなってこと?」と思われるかもしれませんがそれはもちろん違います。重要なのはタイミングで、芸人さんがやる気を出し始め、次の賞レースに向けて動き出したときに、「次は絶対に行けるよ!」と言ってあげると、すごく励みの声になると思います”
要するに、励ましの言葉をかけるタイミングが重要だということだ
KPROの児島さんは自然にこの理論に辿り着いているが
私が専門としている精神療法の一つである、認知行動療法でも
このタイミングは重要な要素になる
認知行動療法を行う際、その適応を考えるために
まず患者さんが「問題解決志向モード」なのか「動揺・気力低下モード」なのかを見極める
「問題解決志向モード」とは、自身の困りごとに対して向き合い、取り組んでいこうという状態になっているものを指し
「動揺・気力低下モード」は、抑うつがや気力低下が強すぎたり、情動反応が活発で気分の動揺が顕著なものを指す
認知行動療法は「問題解決志向モード」になっている、あるいはその見込みがある時に適応していく
要するにKPROの児島さんは、芸人さんが「問題解決思考モード」になっている時を狙って励ますことで、良い結果につながることを、自然に気づいているのだ
これも意外にできない精神科医は多い
その人がどれだけ頑張ってきたのか、どれだけの思い出やってきたのかもつゆ知らず
「まだまだ大丈夫じゃないですか」「がんばりましょう!」
なんて上部だけの言葉をかける精神科は、悲しいが存在するのだ
では「動揺・気力低下モード」の場合はどうすればいいのかというと
精神科にくるような人の場合は、薬物療法を行いながら
治療関係構築を図って安心して話せる場を維持しながらじっくりと待つことが求められる
それにより「動揺・気力低下モード」が徐々に落ち着いて、徐々に「問題解決志向モード」に切り替わっていくのだ
「動揺・気力低下モード」の人によくこのように私は声をかけるようにしてる
「綺麗な花もずっと晴れだと枯れてしまういます。時には雨の日も必要です。だから今はしっかち落ち込みましょう」
おわりに
いかがだったでしょうか
今回はKPROの代表である児島気奈さんの本「笑って稼ぐ仕事術」を呼んで
精神科医の視点から
意見を尊重して話を聞くこと、信頼する人からの「大丈夫」が一番強力なこと、励ますタイミングは見極めないといけないことに触れてみました
私は、精神療法、特に認知行動療法を専門にしている精神科医ですが
精神療法を学んでいると気付かされるのが、わかっている人は、自然と実践しているようなスキルが多いということです
それはひとえに、想像力によってなされる技であることが多いです
「こう言ったらこう思うかな?」と考えながら人の話を聞いたり、何かを伝えたりすることが、精神療法の真髄だと思います
みなさんもぜひ想像力を働かせて、自分なりの精神療法を見つけてみてみてください