境界性パーソナリティ障害(BPD)と私

精神科医の僕が診療後にもやもやとした気持ちになりやすいのは、境界性パーソナリティ障害(BPD:Borderline Personality Disorder 以下、BPD)の人達だ

あの時なんて言えば良かったのだろう。あの時かけた言葉は正しかったのだろうか

仕事が終わった後もずるずる考えてしまう

僕をはじめ、特定の精神科医にこのように考えさせている点では

BPDの人たちは「見捨てられる不安」から脱すること成功しているのだろう

さて、今回はそんなBPDの人たちの特徴と、有効なコミュニケーション技法について述べようと思う

境界性パーソナリティ障害(BPD)

精神科の病には、うつ病、統合失調症、双極性障害などいろいろあるが、特に僕が診療に力を入れているのが、境界性パーソナリティ障害という病だ。

「パーソナリティ」とは、個性や人柄という意味を持っている

いわば「性格」のようなものだ

パーソナリティ障害とはその性格特性が極端なために、日常生活に支障をきたしている人たちをさしている

(境界性パーソナリティ障害以外にも様々なパーソナリティ障害が存在する)

世間では「性格」の延長線上の問題と捉えられることも多いため、「甘えてるだけだ」「性格が悪い」という言葉で片付けられることも多い

むしろ病ではないと唱える精神科医も存在するだろうが

私はあえて境界性パーソナリティ障害を、れっきとした病であると言いたい

「病気である」と刻印を押して、腫れ物扱いしたいわけではない

きちんと治療すれば改善する可能性を孕んでいるという意味合いを込めて、病だと定義したいのだ

BPDの診断基準(DSM-5)

米国精神医学会が発行しているDSM5には、9つのカテゴリーに分類されたBPDの診断基準が示されている

この診断基準の5つ以上を満たすことが必要となる

対人関係、自己像、感情などの不安定および著しい衝動性の広範な様式で、成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる。次のうち5つ(またはそれ以上)によって示される。

  1. 現実に、または想像の中で見捨てられることを避けようとするなりふりかまわない努力。
  2. 理想化と脱価値化との両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる不安定で激しい対人関係様式。
  3. 同一性障害:著明で持続的な不安定な自己像や自己観。
  4. 自己を傷つける可能性のある衝動性で、少なくとも2つの領域にわたるもの(浪費、性行為、物質濫用、無謀な運転、むちゃ食いなど)。
  5. 自殺の行為、そぶり、脅し、または自傷行為の繰り返し。
  6. 顕著な気分反応性による感情不安定性(例:通常は 2~3時間持続し、2~3日以上持続することはまれな強い気分変調、いらいら、または不安)。
  7. 慢性的な空虚感。
  8. 不適切で激しい怒り、または怒りの制御の困難(例:しばしばかんしゃくを起こす、いつも怒っている、取っ組み合いのけんかを繰り返す)。
  9. 一過性のストレス関連性の妄想様観念、または重篤な解離性症状。

これらの特徴をわかりやすく4つの領域に分類して捉えると

情緒不安定(1,6,7,8)、衝動性、制御されない危険な行動(4,5)、対人関係の精神病理(2,3)、思考や認知の歪み(9)

といった特徴をもっていると言える

一方でそういった不安定さが、芸術の世界で昇華されることも多い

著名人でもBPDの人は多く存在する

尾崎豊や太宰治、マリリンモンローはBPDであったといわれている

漫画や映画のキャラクターでは、スターウォーズのアナキンスカイウォーカーやGTOの神崎麗美が該当するであろう

尾崎豊の曲では「自分が何者であるのか」を問い続ける、持続的な不安定な自己像や自己観が特徴的であるし

アナキンスカイウォーカーは母との悲しき別れを経て、見捨てられること(パドメを失うこと)を避けようとするなりふりかまわない努力から、ダースベイダーとなった。

そして愛する師匠であるオビワンに「I hate you」と叫んだのだ

分裂(スプリッティング)

前述したように、BPDの人は、対人関係が不安定になることが多い

BPDの人は、人間のもつ矛盾や曖昧さを許容することができないため、味方と敵に二分して捉える特性がある

これは周囲の人間関係に対してはもちろん、僕たち精神科医に対してもそうである

あるときは要望を全て叶えてくれる理想的な人とみなすが、あるときは完全なる敵とみなしてしまう

これは「分裂」(スプリッティング)と呼ばれる防衛規制といわれている

防衛規制とは、何らかの葛藤や痛みを予感したり、危機に直面した時に、自分を守ろうとする心の防衛反応をいう

BPDの人は、肯定や否定の考えなど、矛盾する二つの感情を受け入れることが苦手であり

次々に襲いかかってくる矛盾したイメージを受け入れる不安から逃れるために

自分を守るために「分裂」を用いるのだ

しかしその防衛は皮肉にも、対人関係に悪影響をもたらしてしまう

アナキンスカイウォーカーとってオビワンは、時に愛する人であり、時に恨めしく憎き人になってしまうのである

SET-UP(BPDの人へのコミュニケーション技法)

BPDの人を診療していると、衝突してしまうことがよくある

少しでもBPDの人達が求めていない態度や言葉をかけようものなら、治療者を味方ではなく、敵とみなされてしまい、衝突してしまうのだ

そのようなBPDの人の態度に動揺してしまうのが普通ではあるのだが

アナキンスカイウォーカーに対峙するオビワンのように、根気強くコミュニケーションを取り続ける必要がある

BPDの人とのコミュニケーション技法として

SET-UPコミュニケーション手法というものが開発されている

BPDの人以外にも、ストレスが大きい状況下に置かれている人とのコミュニケーションにおいても有用と言われている

「SET」とは、「支援(Support)」「共感(Empathy)」「真実(Truth)」のそれぞれの頭文字をとって作られた用語であり、BPDと対話する時に必要になることを端的に示している

「UP」「理解(Understanding)」「根気強さ(Perseverance)」であり、境界性パーソナリティ障害の方と、その相手(対話者)が一緒に達成しようとする目標である

「SET」の部分は、対話のための技法・スキルであり、「UP」の部分は、「SET」を用いて進めている対話を補うものです。「姿勢」のようなものである

「あなたの力になりたい」「それは辛かった」という徹底した支援共感の姿勢を示しつつ、その結果「今どうするべきだろう?」と真実と向き合い、現実的な打開策を一緒に考えていく

これら三つの要素すべてをバランスよく取り入れる必要がある

その上で周囲の人や本人は、BPDを理解する必要があるし、上記を根気づよく続けることが重要なのである

アナキンスカイウォーカーに「I hate you!!」と叫ばれたオビワンは、「お前を弟子だと思っていた。愛していたのに!!」と言うのではなく、「君は私の大切な弟子だ。今もとても君を愛している。君の力になりたいんだ!!」と声をかけ続ける必要があるのだ

あとがき(BPDと私)

僕は特にBPDの人の診療に力をいれてる

その理由の一つとして「相性」が大きいと思う

BPDの人と話をしていると、とても地雷が多いことを思い知らされる

少しでも本人が求めていない態度や言葉をかけようものなら、治療者を味方ではなく、敵とみなされてしまう

3人兄弟の末っ子で、常に空気を読みながら生きてきた私は、その地雷避ける、もしくは地雷を踏み掛けても完全に踏み込まないようにリカバリーするのが得意だ

「分裂」(スプリッティング)を起こしやすいBPDの人たちの診療を続けるには、まずは味方になり続けることが重要なのである

信頼関係をできるだけ積み上げることで、能動的な治療、つまり真実と向きあうことが初めて可能になる

(能動的な治療に移すのが苦手であり、苦労しているわけではあるのだが・・・)

もう一つの理由は、「他の人がやりたがらないから」である

多くの精神科医はBPDの人たちを診療することを嫌がっている

いわゆる内科や外科治療のような一般的な「医療」のイメージとはかけ離れた「精神療法」という医者らしくない治療を強いられることになるし

なにより診療に時間がかかるし、薬剤加療も奏功しずらい。労力の割に収益につながりにくいのである

(精神科診療が長くなればなるほど提供する側が損をしてしまう日本の診療報酬制度の方にも大きな問題があるのだが・・・)

しかも冒頭で述べたような、診療終わりのモヤモヤもついてくるのだから尚更である

でもそんななかでも、私のような物好きな精神科医も存在する

私はもともと医者になりたくないのに医者になった(本当に贅沢な悩みであったと自分でも思う)

一番医者とかけ離れた「精神科」を選んだ背景があり、医者らしくない診療の方が自分の中でしっくりくるし、ロマンを感じるのである

また薬物乱用者の半数以上がBPDをもっているという調査結果もあり

(自殺を試みたことのあるBPDの人は70%にものぼる)

このブログの他の記事でも触れているが、自殺未遂をした人を診療する機会が多い私は、自殺未遂、ODや自称行為等の社会問題に関心があるため

必然的にBPDの人の診療にたどり着くのだろう

しかし気をつけなければならないのは、アナキンスカイウォーカーに魅力を感じたり、彼の悲しい過去を「かわいそう」と感じるように、BPDの人に肩入れしすぎてしまうことがあるという点だ

自分のBPDの人に対する感情を認識し、常に自分が客観的な視点で診療できているのかどうか心掛ける必要がある

偉そうに述べてきたが、冒頭で述べたように、正しい診療であったのか、わからないと思うことの方が多いのが現実である・・・

全国のアナキンスカイウォーカーをダースベイダーに変えないために、私の奮闘は続く

まだまだ修行が必要そうである。できればヨーダのような師匠に出会いたい・・・

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